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philosophy

永平寺町にある黒龍酒蔵株式会社の複合施設「ESHIKOTO」内のレストラン「acoya」の壁には2つの西山佳邨作品が掲げられています。依頼主であるオーナー・林真史さんとの出会いから、制作の裏話まで。作品に込められた思いを二人がトークします。

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林 真史(はやしまさふみ)

1980年福井県旧朝日町生まれ

銀座Restaurant Air(エール)
福井Restaurant cadre(カードル)
福井Apéro & Pâtisserie acoya(アコヤ)
オーナー

外資系金融機関を退社後
2010年 恵比寿にて『ビストロ間(あいだ)』を開業。瞬く間に2ヶ月先まで予約の取れないお店に成長させる。
2015年 店名を『レストランエール』に改め、銀座に移転。
2019年 姉妹店として福井にて
『cadre』をオープン。
2022年 福井 永平寺町ESHIKOTOに併設レストラン『acoya』をオープンさせる

とことん無駄なものをそぎ落とす。
新しい人生のステージで生まれた
作品との向き合いかた。

佳邨(以下、佳):林さんとの出会いは確か友人からの紹介で。「acoya」を訪れた際、「このロケーションを作品にしてほしい」と言われて、二つ返事でお受けしたんです。

:少し食い気味に「やります!」と即答いただいて(笑)。詳細は詰めていなかったんですが、直感で『この方なら、面白い作品になりそう』と感じてお願いしました。

:当時(2022年)は病後の回復期で、まだ完全に体調が戻っていたわけではなかったけれど『書きたい』という気持ちがふつふつと湧いていました。こんな素敵な場所に作品を飾っていただけるんだと思ったら嬉しくて。イメージもすぐに思い描けました。

:最初はやはり、書とか墨絵のようなものをイメージしていたんですが、いい意味で裏切られて、驚きました。

:「ロケーションを作品に」とおっしゃっていたものの、素晴らしい景色はもう目の前にあるし、これ以上描く必要はないのではないかと思って。最初の作品は黒い壁に飾ると決まっていたので、壁の一部に溶け込むようなものにしようと思いました。友人の和紙屋さん(山岸和紙店)に頼んで漆黒の和紙を作ってもらい、山や空、大地を極限まで抽象化して△〇□を表現しました。

:禅の思想の境地ですよね。まさにこの土地にぴったり。黒の和紙も、経年変化とともに白くなっていくそうですね。

:徐々に色が抜けていくさまも楽しんでもらいたいと思って。「すべては流れ変わりゆく」という考えも禅の思想と通ずるところかと思いました。

:〇や△や□はあくまでも一部で、枠の外にもその続きは広がっている、というコンセプトなんですよね。それも宇宙的で、想像力が膨らみます。

:枠のなかで完結するのではなく、その続きを想像してもらう、というのも表現したかったことの一つなんです。

:病気をされる前と後では、やはり作風は変わりましたか?

:180度変わりましたね。以前は自分も作品も、どう見られるかを常に気にしていました。人からの評価に価値を置いていて。やりたいことも、常に外側に探していました。でもどこかで一度、人生をリセットして自分に向き合いたい、という思いがあったんです。そこで6年前、持ち物をほとんど処分して山梨の恵林寺に住み込みで働きにいきました。

:ずいぶんと思い切りましたね。

:決めると早いんです(笑)。当時、書道教室も順調で福井での生活は楽しかったのですが、どこかで次の目標を探していました。でも、山梨のお寺での生活はそんなに甘いものではなく、周りの方々に助けてもらいながら貴重な経験をさせてもらいました。その後、お寺の仕事を辞めて京都に引っ越したのですが、コロナ禍で仕事がなくなり、途方に暮れて。そんな時に知り合いの方から勧められて個展をしたり、京都府の芸術家支援金を受給できることになったりして、何とか持ちこたえました(笑)。

:なかなか極端ですよね、展開が。

:そうなんです。その後、有難い事に再び山梨のお寺に戻ることになりました。お寺では御朱印を書いたり、境内を掃き清めたりする静かな生活を送っていたのですが、体調の悪さを感じて病院で検査したところ、がんが発覚して即手術・入院することに。術後は抗がん剤治療のため福井に戻り、成人して家を出て以来、実家で家族と暮らすことになりました。

:命を取り留めたことが、幸いでしたね。

:本当に。親元で療養している日々のなかで、探していたものはすべて内側にあったんだ、と気づきました。日常のささやかなことが幸せで、ありがたくて。やりたいことはもう内側にあるし、幸せを外に探さなくていい、と。

:ゼロに戻った感覚ですね。生まれ変わったというか。僕も人生をリセットしたことがあるので、感覚的に通ずるものがあります。東京の外資系金融機関で営業マンをやっていたのですが、リーマンショックをきっかけに退職することになって。その時の退職金で好きなことをしようと思いついて始めたのがレストラン経営だったんです。

:林さんも思い切りがいい(笑)。金融業とはまったくの異業種ですよね。

:フランス料理への憧れがあって、最初は恵比寿に店を出したのですが、失敗続きでした。その後なんとか試行錯誤を繰り返しながらも経営が軌道にのり、今は東京と福井とで3店舗を経営しています。でも、最近はますますお金に興味がなくなってきてますね。

:本当に。必要な分だけあればいいというか。人生を引き算していったら、必要なものはすでにもうあった。

:お金じゃなくて、意味や意義があることをやりたい、という方向にシフトしました。

:わかります。余計なものをそぎ落としたら、作品は「見てもらう」ものから「表現したい」ものになり、より純粋な気持ちで向き合えるようになりました。

「ない」けど「ある」。
ノイズの少ない福井だからこそ
クリアな気持ちでいられる。

:林さんは福井と東京の二拠点生活ですが、東京から見た福井っていかがですか?

:ひとことで言って、最高ですね。帰ってくるたびにリフレッシュできて、幸せを感じます。東京は誘惑がとにかく多い。新しくて魅力的なものやイベントがたくさんあるんだけど、何が自分にとって必要なのかがわからなくなるんです。

:わたしも福井にいるからこそ、作品がつくれると感じることが多いですね。余計な情報が入ってこないから常にフラットでいられる。静かな環境が今の自分にフィットしています。

:一度福井を出ているからこそ、感じられることなのかもしれませんね。

:そうですね。3作品目も、目に見えなくても必要なものはすべてここにあるよ、ということを伝えたくてつくった作品です。

:タイトルは「無」なのに「aru」と書かれている。表裏一体というか、意味がひっくり返されているのが面白い。

:作品をつくる際、最初に明確なテーマはあるのですが、書くときは何も考えない。時折出てくる『こう書こう』という我をいかに消すかが、いつもの課題なんです。

:この作品は無垢な、子どものような筆致ですね。

:「子どもが書いたみたい」がわたしにとって最高の褒め言葉なんです。作為的にならないように、まっすぐに。これからはより引き算した作品を作っていきたいです。

:今後も目に見えないものをどんな風に表現されるのか、楽しみにしています。

text by Yuki Sugimori

photo by Yasuhito Hara